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雨の日の夜は

チカラカイの皆さんと一緒に今池の映画館でストーカー/A・タルコフスキーを観る。
叙情的な映像美に息を呑む一方で、
映画のなかの空間構成ー例えば、3つの場所「日常/ゾーン/部屋」と
それらを繋ぐリニアーな空間「線路とトンネル」の対比ー
も強く印象に残りました。
http://cineaste.jp/
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セラフィーヌの庭

名演小劇場で「セラフィーヌの庭」/マルタン・プロヴォストを観る。

誰に見てもらうでもなく、ただただ真っ直ぐに絵を描きつづけるセラフィーヌの生活。
他者との比較のなかでしか意味や価値を見出すことができなくなりつつある今日、
無垢で愚直な彼女の生き様(=筆先)は新鮮に映る。

http://www.alcine-terran.com/seraphine/
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想像力

昼食をとりながら新聞を読んでいると、ある記事に目がとまる。
人間とチンパンジーのゲノム(ある生物をその生物たらしめるのに必須な遺伝情報)は、
98.8%まで同じであることが改めて確認されたのだという。
この話の興味深いところは、両者の(わずかであるが)決定的な違いが、
「想像する」能力の有無にあるのではないかというくだりだ。
チンパンジーは想像することができないゆえに、あれこれ思い悩むこともないらしい。

* * *

正月休みに「潜水服は蝶の夢を見る」/J・シュナーベルを観た。
フランス版ELLEの編集長だったジャン=ドミニク・ボビーの実話にもとづいた内容で、
主人公がある日突然、脳梗塞によって左眼以外の全身体機能を失うところから映画は始まる。
ストーリーの中盤で、ボビーは自分の身体に残された機能がもう二つだけあることに気づく。
記憶と想像力だ。

「たとえ身体は『潜水服』を着たように動かなくても、『蝶』のように自由に羽ばたく記憶と想像力」

http://www.chou-no-yume.com/

* * *

想像力を伴わない日常は、いかにも虚しい。
ものに溢れた今だからこそ、思い描く力が必要なのだと思う。


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空気人形

昨年のベスト・オブ・キネマは何かと聞かれれば迷うことなく答えられる。
季節が冬へと移りゆくなか、新栄にある小さな劇場で観た「空気人形」だ。

もともと是枝作品もworld's end girlfriendも大好きで、それぞれをよく目に耳にしていた。

この映画のなかでは、映像が音楽を、音楽が映像を互いに引き寄せあい、
あるいは際立たせるような関係がつくられている。
それぞれが完全に自立していながらも最初からひとつの存在であったような。

是枝裕和はCDのライナーノートのなかで次のように述べている。

秀れた映画音楽とは、外部からあとで付け足されたものではなく、
そのシーンの奥深くにあらかじめ眠っていたリズムや旋律に耳を澄ませ、
堀り起こした音を音楽という形で現前させたものなのかも知れません。

その場で手に入れたCDを聴くたびにあの「きらきらとした日常」が目の前にひろがる。

http://www.kuuki-ningyo.com/index.html
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